虚像 -笑顔
今日は、
ナスとオクラの苗を植えつけました。
土と植物と人。
オフラインでは、そういう世界に住んでいます。
最近オンラインでは、よく文字を発している私ですが、
オフラインでは、相変わらず、お話ができない。
”できない” のか、”したくない” のか?
どっちか分からないけれど、とりあえず、ネット上よりは静かにしてる。
ウェブに自分が放り投げた文章を見て、
「誰やねん」と思います。
ブログ、SNS、、、、
直接、会うよりは、ずっと情報が限られる。
数枚の写真と、文字だけが、届けられる。
自分の都合の良い部分だけ、切り取ることができる。
ネットとは、そういうものかなと。
自分で自分を作り上げてしまう。
”捏造された私”。
虚像なんだから、
後から、眺めて、
「誰やねん」となる訳です。
ただ、
虚像も、数パーセントは本当。
都合よく切り取ったり、
普段、話す時には使わない言葉を使ったり、
文章には、確かに嘘が多い。
それでも、
「思ったこと」「実際に起こった事象」
について書いてる。そこに嘘はない。
そして、
作り出した虚像は、私の願望でもある。
こういう姿になりたい、という願望が、文に現れる。
そういう意味で、
”捏造された私” も、”リアルな私” の一部だなと。
勝手に、一人で納得。
はい。
そして、
文章に限らず、
うわべでお世辞を言ってたり、
愛想笑いしてたり、
親切なふりをしていたり、
そういう、自分に嘘を感じる瞬間は多々ある。
これを、
さっきのセオリーに当てはめてみる。
嘘の自分も、数パーセントは本当の自分。
いくつも嘘をついても、
案外、全部が本当になっていくような。
明日は、私も、お店に立つ。
接客。
オフラインでは、コミュニケーションに難ありの私。
さあ、笑えるかな?
意識的に笑おうとして、笑顔を作るのは、嫌いだし、
お陰様で、最低な第一印象を、他人に与えた実績も多々ある。
でも、嘘も本当になっていくのなら、
笑ってみましょうかね。
そもそも、全力で嘘をつけるほど、私は器用ではないし。